幽玄静寂

静けさに舞い降りた言葉達。

偽りからの解放

誰だって騙されたり平気で嘘をつかれてしまう事は不快であると思う、そういう不快さが消えてしまえばどれだけ楽なものでしょう。

 

多くの人が偽りから解放されなければならない、何故ならばごく少数だけで解放されたとしても、偽りから解放されない人々の中を生きれば偽りの人の世を流され続けなければならない、ならば偽りというものを取り除いてしまえばいいのでしょう。

 

人の世の人為的なもののほとんどは、人為的にそうであると見せられているものです。

誰だって全裸では街を歩きません、必ず洋服を着用して街を歩くでしょう、それと同じ事であると考えると早い。
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見せ方というものは人それぞれ、わざわざ不利になるような見せ方なんて誰もしません。

だけど見せ方よりも自然でありたい人も沢山存在しているでしょう。

 

何故そう見せるのかという意図を考えるようになれば、いろいろなものが見えてしまうものでして、たったそれだけの事なのです。

 

騙されたり平気で嘘をつかれたり、見せられたままを期待して信じてしまえばそうなってしまうものである。

 

誰も信じるなという話でもありません。

自分を信じた上で意図を考えるようにする、そうすれば結果的に相手が伝えた事が噓になったとしても相手が悪くなくて、結果が悪かっただけだという事もあるでしょう。

 

騙されたり平気で嘘をつかれてしまう、そこに囚われてしまわない考え方、そこに囚われてしまえば本当の意味で信頼出来る人間なんて居なくなってしまいます。

 

見せ方や伝え方の先にある意図を考えるべきなのです、そうすれば盲信や誤解や噓からも解放されるでしょう。

 

偽りから解放されれば本当に信頼出来る相手が手に取るように分かります、あまり話さなくとも分かってしまうようになります。
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偽りから解放されるだけで、いろいろな感覚が目覚め始めるでしょう。

 

依存した考え方を捨ててしまいましょう。

もっと自分を信じて自立した考え方を持つべきなのだと思うのです。

 

表面的なものよりも、意図を考えなければ話す言葉よりも大切なものなど伝わらないものなのです。

 

誰よりも自分自身を信じるべきなのです、自分が感じる感覚は他人に感じとっては貰えないものなのだから。